ウィザーズ社公式サイトより、シャドウムーアプレビュー。 イヤマジで、ホントの話
by Mike Flores
Translated by Kenji Suzuki
トーナメント志向のいわゆるスパイクに分類されるプレイヤーに向けたコラム「Swimming With Sharks」を書いている者として、私はここ数年の間、とてもすばらしいカードの何枚かをプレビューとして紹介する機会をもらっている。一番最近私がその栄誉を受けた例としては《田舎の破壊者》(すでにもう当たりレアの一枚となっていて、《壌土からの生命》ベースと昔ながらの緑赤ベースの両方の《タルモゴイフ》デッキで活躍しているカードだ)がある。その前のセットでは、私はとてつもなくやり手な《叫び大口》と、広く愛されて(もしくは憎まれて!)いる《謎めいた命令》を紹介する幸運に恵まれた。その前で言えば、変幻自在の《否定の契約》、個人的に気に入っている《セラの報復者》、そして時に「環境最強カード」ともなる《呪文嵌め》(もちろん何のフォーマットか、いつのフォーマットか、誰に質問したか、いつ質問したか、などなどによって答えは違ってくるだろうが、しかしこのカードがいつでも非常に強いことは間違いなく、だいたいにおいては《対抗呪文》自体よりも強いカードだろう)などが私の記事として割り当てられた。更にさかのぼれば、「史上最強カード」(もしくはかの名高い「1万6千ドルの《稲妻のらせん》」のこと)《稲妻のらせん》、(半分忍者、半分《魂売り》の)《鬼の下僕、墨目》、(《稲妻のらせん》では死なない)《残虐の手》、そして(《春の鼓動》デッキで世を席巻した)《春の鼓動》がある。だから基本的に言えば、私はプレビューカードという点で言えば、ずっとずっと何年もの間、ありとあらゆるセットで、本当にラッキーな境遇にあったと言えるだろう。
そしてそれにもかかわらず、今日に至るまで、編集者が私へのメールの中で新しいプレビューカードを表現するのに、こんな言葉を付け加えようなんて思うようなことはなかっただろう。
「いやマジで。本当の話だから。」
そして君がこのカードを見たとき(そしてカードを何度もチェックして、顔をぐっと近づけて見直して、そしてこめかみをポリポリと掻いた後)には間違いなく、「イヤマジで。本当の話だから。」以外の言葉は見つからないことだろう。
いや本当の話。
ここをクリックして君自身が確かめてみてくれ。
いやマジだから!
本当の話だから!
つまりマジック開発チームは世界最速の1ターン目クリーチャー―《密林の猿人》と《サバンナ・ライオン》―をスタンダードから絶滅させたその直後に、新たな1マナパワー2クリーチャーを登場させたわけだ。それだけではなく、その新しい1マナ2/1は、その色の片方が《タルモゴイフ》と同じときてる! この1ターン目の爆走機関車、破壊マシーン、興奮のるつぼを呼ぶ《ぼろ布食いの偏執狂》の勢いは、どうやったら止めることが出来るんだろうか? まあ少なくとも、見ておわかりのように、少なくとも彼らはこいつに欠点を1つ付け加えたわけだけど。
そもそもなんで《ぼろ布食いの偏執狂》みたいなクリーチャーには欠点が必要なんだろう?
CMUに古くから伝わる「オー」から、ワシントン州レントンにある煙に覆われた秘密の部屋まで、「事情通」の多くのアナリストは何年もの間《ジャッカルの仔》は《サバンナ・ライオン》よりも優れていると考えていた…ただそれが赤いというのみの理由で。欠点があるにもかかわらず。
《ぼろ布食いの偏執狂》はそれよりもさらに(赤デッキでも!)プレイするのが簡単なわけだから、このクリーチャーのスピードと(必要なマナに対する)パワーには、何らかの代償が無ければならないはずだ。
たとえ今あるような二色土地のスピードと強さが無かったとしても、《ぼろ布食いの偏執狂》は基本的には特定の色には縛られていない。去年のスタンダードにおいてグルールデッキをテストしている過程で、我々は2ターン目に《瘡蓋族のやっかい者》や《タルモゴイフ》を確実に場に出すために何枚かの《森》を入れざるを得なかったのだが、それは時に《森》を引きすぎて《山》を十分に引けなかったといった形でグルールが敗北する要因ともなった。《ぼろ布食いの偏執狂》があれば、赤色に飢えたグルールデッキは理想的な1ターン目の動きをするために必要な《森》の数を減らすことができて…それはまさにこれからのスタンダードに当てはまるわけだ。言い換えれば、こいつは《ペンデルヘイヴン》でだってプレイすることが出来るんだ!
これは で2/1だ
私が話をするのが好きな出来事のひとつは、「そこでジョン・フィンケルがミスプレイをしたのさ」というものだ。ただしこれはなんともかなり脚色されたストーリーで、なぜかというとその時のデッキ相性はジョンが相当有利なもので、結局2時間後にはジョンが対戦相手を倒して米国チャンピオンとなったわけだからだ。そのとき起こった事はこうである。場には2体の《野生の犬》がおり、ジョンは《怨恨》がついていない方ではなく、ついている方に《不純な飢え》を使った。問題は、場に《弱者の石》があって《怨恨》がついている方は事実上すでに対処されてしまっている状態で、つまり彼がやったことと言えばそのカードを対戦相手の手札に戻し、相手がまだ自由な状態の《野生の犬》によってもう2点のダメージを与えることができる様にしてしまったと言うことなのである。ズバーン! まあいずれにしろジョンは簡単に勝っちゃったんだけどね。
で…《野生の犬》の話だ。《野生の犬》のサイクリング でゲームに勝った人はおそらくいないだろう。確かに相手の方がライフが多いときにサイクリングでそれを捨てることができるのは良いことだが、しかし《野生の犬》に君が求めることは、 1マナで2/1をプレイできると言うことだろう。普通その時点では相手は君よりも多くのライフを持っていないし、2ターン目から君はクロックを刻むことができる。運が良ければ同じブロックにある《怨恨》なりその他のすばらしい装飾品なりを君の《野生の犬》にまとわせることもできる。
いや、《ぼろ布食いの偏執狂》には(サイクリングの様な)最終手段みたいなものはないけれど、でも欠点の面で言えばどういう違いがあるだろうか? 《野生の犬》の欠点はかなり厳しいものだ。予想外のブロックや、良いタイミングの《ショック》などによって、君はすばらしい装飾物でいっぱいの《野生の犬》を失い、それは燃えたぎる対戦相手の下へと送り込まれでしまうだろう。
《ぼろ布食いの偏執狂》は…毎ターン攻撃に参加しなければならない。君が1マナ2/1でやろうとしているまさにそのことだ。この欠点は結局のところどういう意味を持っているのだろうか? 君はいずれにしろ攻撃しようとしてるのに! 確かに、都合の悪い場の状況というのも無い訳じゃない。時には君はこのカードをただ同然で捨て去らないといけないこともあるだろう。でも《ぼろ布食いの偏執狂》については、それがその環境で使える限り、2つのことを言うことができる:第1に、構築ではブロックというものはあまり多くは行われない、そして第2に…
これは で2/1だ
赤いということはこのたぐいのクリーチャーにとって大きなボーナスだ。なぜか? 赤は試合の序盤にテンポを得て、さらにその差を広げていく能力に他のどんな色よりも秀でているからだ。君は1ターン目に《ぼろ布食いの偏執狂》を出して、そして《タール火》、《火葬》、《裂け目の稲妻》―などなど―を毎ターン、相手の出すすべてのクリーチャーに打ち続けて、2点のクロックを刻みながら、そのクロックが4点なり7点なりになり、そして最後は直接火力でゲームを終わらせる、というわけだ(まあそれは言ってみれば君の理想的な計画にすぎないわけだけど)。もちろん、君はルール上毎ターン攻撃しなければならない…でもそれが《ぼろ布食いの偏執狂》が作られた目的そのものではないか! この「グルール」クリーチャーの赤い方の側面は、その攻撃が繰り返し繰り返し利益を生み、そしてすさまじい効力を発揮すべく、君の目の前に攻撃の道が開かれるということを意味するのである。
当然出てくる質問としては、《ぼろ布食いの偏執狂》が似たもの同士である《ジャッカルの仔》、この危険で象徴的とも言えるクリーチャーと比べてどうかと言うことである…しかし本当のところはと言えば、《ぼろ布食いの偏執狂》がこのオリジナル版と比べてどのくらい優れているかということになるのではないだろうか?
欠点の話をしよう。《ぼろ布食いの偏執狂》は毎ターン攻撃に参加しなければならない。つまり、これがプレイされた1ターン目以降、このビートダウン一家に加わったメンバーは決してブロックに参加することができないと言うことだ。時に攻撃の強制は、カード資源の単なる浪費につながる。この欠点は《ジャッカルの仔》と比べてどうなのだろうか? 私が考えるに、これは《ジャッカルの仔》よりは悪くない。この2枚のカードは地上により大きなクリーチャーが居たときには同じような状況になる。どちらもそいつとやり合いたくはない。《ぼろ布食いの偏執狂》は攻撃しないといけないので、そこですぐに死んでしまうことになるだろう。《ジャッカルの仔》は攻撃をしたくないだろうから、何らかの真っ当な理由がない限り攻撃することはないだろう(この「真っ当な理由」という話は、《ぼろ布食いの偏執狂》が《ジャッカルの仔》の座を受け継いだときにも同じように考えることができる)。しかしもし《ジャッカルの仔》が攻撃しなければ…それは防御という面でいえば極めて無力だ。《ジャッカルの仔》で相打ちを取ると言う行為は普通は手札が良くない兆候で、《ジャッカルの仔》がチャンプブロックする場合、それはほとんどのケースで《知恵の蛇》のようなクリーチャーに対して行われることが多く(それは別の意味で頭痛の種になる)、結局のところブロックという選択肢は苦肉の策で、ほとんどの場合は勝ちどきを上げる原因とはならないのである。
それはゴブリンだ
繰り返しになるが、《ぼろ布食いの偏執狂》の持つ利点は何をとっても、その仲間をどんどんと強化していく要因になる。オンスロート・ブロックが入っている環境では、《ぼろ布食いの偏執狂》が先陣を切り、その後数ターンの間で《ゴブリンの群衆追い》、《ゴブリンの戦長》、そして《ゴブリンの首謀者》といったクリーチャーが次々と登場し、相手を打ちのめしていくことだろう。スタンダードの様なより選択肢が少ない環境だと、《ぼろ布食いの偏執狂》は《ボガートの汁婆》のおかげで、容赦ない攻撃によって倒されてしまったとしても、何度も何度も戻ってくることができるだろう…もしそうならなかったら? それなら彼は強力な連携部隊の一員だ。どちらの環境においても、《ぼろ布食いの偏執狂》は優れた火力や《タルモゴイフ》とうまく組み合わさるし、《大いなるガルガドン》と一緒に使えば、攻撃で相打ちを取るのが少しお得になる(そして相手が防御するのが難しい状況を作り出すことができる)。《ぼろ布食いの偏執狂》がゴブリンであることはボーナスポイントであり、彼がどれだけ他のゴブリンとうまく組み合わせることができたとしても、融通のきかない「縛り」のようなものであるとは考えるべきではない。これは他の1マナゴブリン軍団である《ゴブリンの従僕》や《スカークの探鉱者》にも言えることだ。
それは戦士だ
《ぼろ布食いの偏執狂》が赤という側面からゴブリンである様に、緑という側面から彼は戦士である。こいつはまさに《黒曜石の戦斧》をその手に持つにふさわしいクリーチャーであり、ひとたびそうなれば、彼は赤い火力ではなく、《不敬の命令》でゲームを終わらせる段取りを整えてくれることだろう。
それは…ゴブリンで戦士?
君はまだ気付いていないかもしれないが、古豪の多くが、彼らの拠点たる「世界最高の街」ニューヨークから、静かにその力を取り戻し始めている。彼自身の殿堂入りセレモニーの後で、ズヴィ・モーショヴィッツは世界選手権ですばらしい成績を収めた。同年に殿堂入りしたジョン・フィンケルは再びプロツアー・チャンピオンとなった。全米オープンの優勝経験者であるジェミー・パークはグランプリ・フィラデルフィアでベスト16に入り、プロツアー・ハリウッドの出場権を得た…そしてこの前のグランプリ・フィラデルフィアで、決勝戦にあの《翻弄する魔道士》クリス・ピキュラが登場していた事はまさに驚きという他はない。彼の話で言えば、クリスは今年のエクステンデッドで行われるプロツアー予選のシーズンに向けてかなりの準備をしていた。その多くは彼のデッキである《タルモゴイフ》デッキに費やされた。
しかし、その絶頂期には世界でもっとも有名なプロツアー・プレイヤーであると考えられていた人についてはどうだろうか?
この新しい《ジャッカルの仔》のようなクリーチャーは、ピキュラの旧友である、「ビートダウン・キング」デヴィッド・プライスの復帰をもたらすのだろうか? 数年前、ランディ・ビューラーがウィザーズのデジタル部門へと移ってしまう前、そして彼がマジックの開発者となるその前に、彼がこっそりゴブリン・戦士である《ゴブリンの略奪者》を「デヴィッドが2ターン目のクリーチャーとして使える様に」新しい基本セットに入れ込んだ、というようなことを教えてくれたのを覚えている。それは赤単色の《憤怒の織り手》《精力的なレインジャー》デッキが成功を収めた2001年の夏の後のことだった(その時他の皆がプレイしていたのは、《ブラストダーム》《はじける子嚢》そして《対立》だった)。さて、《ぼろ布食いの偏執狂》は登場したのだが、デヴィッドには(華々しい復帰を飾ると仮定して)2ターン目にふさわしいクリーチャーがあまりいない…しかしその代わりに1998年、船上のプロツアーで彼を優勝に導いたのと同じような、すばらしい1マナクリーチャーたちが彼を待ち望んでいることだろう。
さあ議論の始まりだ:君はどう思う? 《ぼろ布食いの偏執狂》は世界各地の若い魔法使いたちにとって、成功の光を灯す助けとなるのだろうか?
シャドウムーアの発売日は5月2日。それが待ちきれない皆のために、シャドウムーアのプレリリース・トーナメントが4月19日と20日に全国各地で開催されます!
HOME 原文(英文記事)
|