ウィザーズ社公式サイトより、シャドウムーアプレビュー。
シャドウムーアの影の端 第2部
By Mark Rosewater
Translated By Yoshiya Shindo
前回までのあらすじ
― ラヴニカブロックがインベイジョンとは違った多色へのアプローチを必要とする中で、混成システムが生まれた。しかし、混成システムをこれまでの多色と組み合わせることはいささか頭の痛すぎる話で、それもあって混成システムは一旦お蔵入りとなった。しかしそれも、テストプレイの段階までで、最終的に我々はラヴニカブロックで混成をほんの少し使うことにした。大々的な導入は時のらせんまで取っておくことになった。しかしそれも、セットのテーマでノスタルジーが勝つまでの話だった。そしてローウィンとシャドウムーアが、1年に2つのミニブロックという風変わりな形で出ることになった。ローウィンが部族テーマに決まったことで、マークはそれとうまく噛み合う他のテーマを探すこととなる。しかし、元々次のブロックでもクリーチャー・タイプは存在するし、そうなれば面倒なテキスト抜きでも、ローウィンの部族テーマは噛み合うことははっきりしてきた。そしてある時、マークは二番目のブロックに色のテーマを持ち込むことを思いたが、その流れから当然のように3年前にものすごく使いたかったテーマ、混成システムへとたどり着くこととなる。残ったものは、混成システムを中心としたセットをどう肉付けしていくかということだった。
シャドウムーアのプレビュー第二週へようこそ! 今週は、シャドウムーアのデザイン物語の続きを語ることにしよう。もちろん、新しいプレビューカードもお見せするけど、今回のは数週間前にプレ・プレビューとしてヒントを小出しにしたやつの中の1枚だ。いつも通り、いいタイミングになったらカードをお見せするよ。これまで、いくつかの様々なコラムの中で、私は混成のポテンシャルというものについて触れてきた。先週は、私は何としてでもそれを中心としたブロックを作りたかったって話をしたね。今週は、実際のそれをどうやって成し遂げたかって話を深く掘り下げることにする。
二個が一個のお値段で
混成中心の構成って話を始める前に、まずは混成というものがそもそも何物で、それがデザインにおいてどういう意味を持っているかをきちんと説明したいと思う。まずは、最初に混成へとたどり着いた道筋を話すのがいいだろうね。ラヴニカは多色ブロックだったので、私はまずこれまでに作られた多色カードを見直すことから始めた。そこでわかったことは、我々が作ってきた多色カードは制限的だったってことだ。これはつまり、多色カードはみんな、何らかの形で君たちに制限を強いていることを意味する。中でも一番大きなものは、複数の色をやることが義務付けられることだ。
まあ、みんなはこれには納得してくれた。多色ってのは定義上そもそも複数の色を持ってるって事なんだからね。言い方を変えれば、多色カードにはマナ・コストに複数の色のマナがあるってことになる。しかし、これは正確には正しくない。一例がこれ。
このカードは、マナ・コストに必要とされる色マナがカードの色と一致していない。このカードのおかげで私は、そもそも多色とマナとは結びついているわけではないってことに気がついたんだ(もちろん、《ギルド渡りの急使》自身から混成システムを思いついたわけじゃない。混成は《ギルド渡りの急使》よりも前にデザインされてるんだからね。でも、基本的な考えはすでに存在していたんだ。基本的な考えってやつは実際のカードほどお見せするのが簡単じゃないんだよ)。そこから私は、プレイするのに2色のマナのいらない2色カードという考えに至った。その中で、私は「かつ」の逆である「または」というものの価値に思い至ったのさ。赤または緑であるカードは、それが赤または緑でプレイできるなら多色だろうってことだ。
でも、それってどういうことだろうか? 私の好きなメカニズムのほとんどがそうなんだが、混成はプレイヤーに選択肢をもたらしてくれる。混成呪文をプレイするプレイヤーは、それをどうプレイしたいかを決定させる。マジックのほとんどの呪文と異なり、混成カードはプレイヤーにそれの支払いの方法までも選択肢にさせるのさ。このメカニズムの興味深いところは、ほとんどこの選択肢の中に存在すると言えるだろう。例えば、ある色か別な色を必要とするカードは、デッキ構築のあり方を真剣に変えてしまう。
そんな例として、あるセットのカードの話をしてみるとしよう。ここでは数学的に単純にするため、アーティファクトや土地のような無色カードは除き、すべてのカードが5色のいずれかに属すると仮定する。トーメントのような風変わりなセットを別にすれば、すべての色が均等に存在するという仮定をおいても問題ないだろう。最後に、私はこれがリミテッドにどう影響するかをチェックしていく。構築もこれにちょっと付け足すだけでほとんど似ているから、話をできるだけわかりやすくするために、ここの例ではリミテッドにこだわることにしよう。まずは以下を見て欲しい。セットは平均してこうなっている。
白 ― 20%
青 ― 20%
黒 ― 20%
赤 ― 20%
緑 ― 20%
2色でデッキを組むことにした場合、君はセット全体の40%を使うことができる。単色で行くなら、使えるのはたったの20%だ。さて、ここでセットの半分が混成で、すべての混成が友好色の組み合わせって世界を見てみよう(シャドウムーアの混成は半分よりはちょっと少ないけど、単純化のために端数は切り上げた)。この世界はこんな風になる。
単色白 ― 10%
単色青 ― 10%
単色黒 ― 10%
単色赤 ― 10%
単色緑 ― 10%
白青 ― 10%
青黒 ― 10%
黒赤 ― 10%
赤緑 ― 10%
緑白 ― 10%
次に、それぞれの色をまとめてみよう。以下はセット内の各色のリストだ。
白 ― 30%(白、白青、緑白)
青 ― 30%(青、白青、青黒)
黒 ― 30%(黒、青黒、黒赤)
赤 ― 30%(赤、黒赤、赤緑)
緑 ― 30%(緑、赤緑、緑白)
これはつまり、君が単色をプレイする場合、“通常”のセットよりも10%多くのカードを使えるってことを意味する。2色ならさらに10%増しだ(上記の例で君が青白でいく場合、使えるのは白、青、白青、緑白、黒青になる。この場合、白青を2回数えているから、合計で60%にはならない点に注意)。それじゃ、その10%の追加がどれだけ環境を違ったものにするだろうか? 実はぜんぜん違うのさ。例えば、シャドウムーアのドラフトでは、君は単色デッキをドラフトできる。たまにじゃないよ。お望みとあらば、毎回のドラフトでそうすることも十分可能だ。ごく稀な例外を除き(ウルザズ・サーガブロックの話なんだけどね)、ドラフトでここまで確実にいけることは無かった。
でも、これだけじゃない。シャドウムーアのドラフトでは、君は安定して望む友好色の組み合わせをドラフトできる。毎回のドラフトで、合計10通りのデッキが可能なんだ。そして、ここではアーキタイプの話をしていない点に注意して欲しい。あくまでドラフトでの色の話をしているに過ぎない。そして何より、シャドウムーアのドラフトには巨大な仕掛けが仕込んである。君はドラフトの最中に、メインカラー1色で行くか、それともどちらかの友好色との2色で行くか、その組み合わせを変える能力を最後までも智頭付けることができるんだ。例えば、私が始めてシャドウムーアでのドラフトをしたとき(ああ、これはマジックの開発部での数ある働き甲斐の一つだね)、私は白青のデッキをドラフトしようと考えていたが、結果としてドラフト終了時には青単 ― たぶんね ― になっていた。お分かりとは思うが、混成カードのおかげで青単デッキを組むのに十分なカードが集まっていたから、望むなら《島》だけでデッキを組むこともできた。しかし、大量の白青混成カードのおかげで、白青デッキを組むこともできたんだ。《平地》をちょっと足して白単のカードをタッチすることは、普段ほど不利益にはならなかったよ。
これこそが、追加の10%のもたらす柔軟性だ。マジックのデザインでは、我々は(まあ、私は、ってのが正しいのかもしれないけど)「あらゆる物事を変えるためなら、それほど多くは変えなくていい」って言い方をする。特定のアイデアはプレイヤーの意識と深く結び付けられているため、その一つだけでも変われば全体に波及していくんだ。別な例を挙げよう。シャドウムーアでリミテッドのデッキを組む際に一番まごつくのが、ある色を抜く段階で何を残すのかを覚えておくことだ。これまでの多色環境なら、ある色を抜いたら、その色が入っている多色の束も抜けてしまう。しかし混成の世界では、両方の色が抜けるまでは混成の束は抜けないんだ。実際にプレイする段階になったら(宣伝:もうすぐプレリリースだよ)、セットの半分が混成だってことは、デッキ構築の見た目を完全に変えてしまっていることに気づくだろうね。
マナの意味合い
他にも混成に関して面白いことがある。それはマナ生産との係わり合いだ。まずは単色カード(いわゆる“普通の”マジック)を見てみるところから始めよう。マナと色が直接結び合っているということは、世の中は単色に向かってしまうということを意味している。例えば、君にプレイしたい1マナのカードがあるとすれば、君はゲームによって単色をプレイすることを奨励されていることになる。単色なら、1ターン目に1マナのカードを出すことが保障されるからだ(土地が無い場合はマリガンしてる前提だよ)。マナが要求される分だけ ― つまり、マナ・コストに色マナが出るだけ ― ゲームは単色を推していることになる。コストが  のカードは、デッキに森か緑マナを生むカードだけが入っている場合にのみ3ターン目にプレイされることだろう。
それじゃ、混成を見てみよう。混成コストは上記に当てはまらない。これは1色ではなく2色を推している。例えば、コストが であるクリーチャーがいる場合、森と平地でのデッキなら確実に1ターン目にプレイができる。同様に、コストが  のカードは、緑白デッキなら十分3ターン目に出ることが予想されえるだろう。しかも、混成は単色でのプレイを妨げない。
それじゃ、どうして私はそれが2色でのプレイを推奨していると主張しているんだろうか? その理由は、マジックの別な偉大なる力によるものだ。ご存知の通り、このゲームでは二つの力が争いあっている。一方は単色でのプレイを推し、もう一方は多色でのプレイを推しているのさ。一つ目はマナシステムで、これは前述してきたけど、単色でのプレイングにおける安定性を与えてくれる。二つ目の力は色の役割だ。多色でのプレイを推奨するため(また雰囲気を増し、その他もろもろの意義ある事情により)、色の分割により、異なる色には異なる能力が与えられている。ほとんどのプレイヤーが2色目(あるいは3色目や4色目や5色目)に手を出すのは、1色目では得られない能力を求めるためだ。混成を2色デッキに押し出す力がこれだ。マナ基盤による問題点が少なくなっているので、2色デッキにすれば異なる2つの味のパイにありつけ、しかも昔ながらの力が君に押し付ける間なの問題も気にならなくなっているのさ。
感動色に染めて
混成に関してもう一つだけ重要な点を挙げておこう。混成があることで、1色のマナしか使わないデッキであっても、多色カードを出すことができる。白単デッキに緑白の混成呪文を入れることで、デッキに緑カードが入ることになるんだ。通常はこれはそんなに重要な話じゃないけど、混成中心のセットだと、色は重要になってくる。ということで、今日のプレビューカードの紹介だ。まずは見てもらって、そこからどんなことが派生してくるかについてはその続きで話をすることにしよう。
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このコモンのオーラについて語る前に、まずは以下の3枚のカードが出ていると仮定しよう。

場には白のバニラの2/2、緑のバニラの2/2、そして、開発部が“フレンチバニラ”と呼んでいる、混成の緑白の2/2が出ているとする(話の関係で《安寧砦の精鋭》をバニラの2/2ってことにしておく ― 実際は違うんだけど、能力を欠いちゃうと話が面倒になっちゃうからね)。このそれぞれのクリーチャーに《大霊の盾》をプレイした場合、結果はこうなる。
・《栄光の探求者》は3/3で飛行を持つ。
・《灰色熊》は3/3で破壊されなくなる。
・《安寧砦の精鋭》は4/4で破壊されない飛行クリーチャーになる。
ぱっと見には、《大霊の盾》を全力で利用しようと思ったら、デッキは2色にしなければいけないように見える。ここが重要なんだ ― 実際はそうじゃない。白単や緑単デッキでも、《大霊の盾》の効果を最大限活用することができる。どうやってかって? 白緑の混成カードを使うのさ。
これこそが、混成の多色性の最も興味をそそられる一面だ。それは、本来その色が関れない場所に手を出すことを認めるのさ。例えば何回も見たのが、相手が黒のクリーチャー除去呪文を私の黒クリーチャーに使えずに困っている場面だ。私は1枚も《沼》を使っていないのに。我々は混成カードがゲームに関るようにしたかったので、このセットには色に関連するものをたくさん放り込んだ。今回のプレビューでもわかるように、両方の色を持っているという事実は、単色デッキにすら混成カードを入れるということにみんなの目を向けてくれるだろう。
作戦は奇を以って良しとすべし
さて、混成を生かすためのキーとなる要素を理解してもらったところで、混成を中心としたブロックの作り方に話を進めよう。最初にデザインチーム(私、デヴィン・ロウ、マーク・ゴットリーブ、ケン・トループ、ショーン・フレッチャー
― 詳しくは前回のコラムを参照)に命じたのは、入れるべき混成カードの割合だった。前章で書いてきた効果を有効にするために、私はできるだけ割合を多く入れたかった。したがって、まずは全カードの半分を混成とするところから始めた。この数値は結局デザインの間ずっとそのままで、テストプレイでほんの少し減らされただけだったね。
さて、混成カードのかなりの量を裂くことを決めたところで、それらを適切なものとしなければいけない。これは2通りの方法で実行されるんだけど、前述の混成に関する残り二点とそれぞれ関ってくる。第一に、要求されるマナに関して重点を置かなければいけないことがはっきりしていた。何故か? そうでないとしたら、それらを強調する方法を失うからだ。詳しく説明しよう。昔からの多色カード(以降では“金枠”と書く)では、カードの制限は組み込み済みだった。緑白の金枠カードは、プレイヤーに緑と白のマナを求めているからだ。この制限により、単色のときよりも緑白のときの方がマナ・コストを軽くできることになる。
混成マナにおける問題は、それが制限でないことにある。緑白の混成カードは、白単や緑単のカードに比べてプレイしづらいわけではない。したがって、マナを軽くするわけにはいかない。事実、我々は逆の問題に直面することが多々あった。ある混成カードが、どちらの色でもできることを行い、それが同じマナ・コストだとしたら、カードは二つの単色バージョンよりも強いことになってしまう。ただし、それが強さの曲線の頂点にいない場合はそんなに問題とはならない点には注意。例えば、上で見せた《安寧砦の精鋭》は、実際は の2/2のクリーチャーでキーワード能力を1つ持っている。これが許される理由は、《栄光の探求者》も《灰色熊》も強さの曲線では頂点の方にいるわけじゃないからだ。事実、どちらのカードもたびたび上位互換が作られている。

ここから我々が学んだのは、色マナを追加することだった。 カードは、 や のカードと比較しなければいけない。一方で、  のカードの比較対象は  や  や  や  呪文で、こっちはそれほど多くない。定義上は  を  や  より強くすることはできないけど、それより少しだけ弱いとしても十分強いんだ。また、ここから派生した興味深い効果に、色マナ・シンボルが増えることによって、デッキは3色以上よりも1〜2色に収まりやすくなってきたということがある。もっと言えば、シャドウムーアブロックは、2色ギルドがテーマだったラヴニカブロックよりもプレイヤーを2色デッキに向かわせるという意味で、実に面白い。
このパズルの最後のピースは、このエキスパンションを色に関るセットにすることだった。前述の通り、混成カード上で両方の色でのかかわりを作ることで、本来なら無関係な情報が非常に重要になってくる。さらに言えば、色に関ることで、前回話題に上らせた、ブロック間のシナジーも満たされることになる。部族関連は、単に部族をそのままにすることで満たされるのと同様に、プレイヤーを単色なり二色なりのデッキに向けるにあたっても、ブロックで色関連を作ればいいだけなのだ。
見直してみて
さて、ここで余談として、時計をまき戻して、シャドウムーアがローウィンの決定にどう影響を与えたかを見てみよう。ローウィンのプレビューで、私はクリーチャー・タイプをより多くの色に押し出したいと願っている話をした。そこで語っていることは確かにすべて真実だけど、実はそこでは触れられていないもう一つの重要な要素がある。シャドウムーアは混成のセットであり、混成を生かすために色が重要となっていることから、このセットに「色関連」テーマが入るであろう事がはっきりとしていた(ところで、気になっている人のために説明しておくと、混成が“色関連”テーマを引き出したんだ。逆じゃない ― 2つのブロックをうまく結びつけるためには、混成には“色関連”が必要なのがわかっていたのさ)。これはつまりローウィンにおいても、色は通常よりも適切でなければいけないことを意味していた。
それじゃ、どうやれば色が適切なものとなるのか? 私は部族セットの中で色が重要になる方法を見つけた。その方法は? 二つある。第一に、私は各部族を複数の色に割り振った。第二に、私は部族を新しい色に割り振り(これは基本的に第一の段階を満たすために必須だ)、色自身を部族ブロックの中で目新しいものにした。結果として、より多くのプレイヤーが2色デッキに向かうこととなったけど、それは次のブロックで苦労が報えるように我々が準備したものだったのさ。
さて、ここで我々は、メガブロックという企画に対して最も議論が起こるであろう話題に移る。私が各部族を2色(あるいはそれ以上)に割り振った理由の一つは、ブロックをつなぐための要となるものが世界の変換だということにある。私はそれぞれのブロックにつながりを持たせつつ、それぞれが独立したものに見せたかった。そのために、2つのブロックは同じ世界に大変革が起こった結果としての2つの側面が必要だったんだ。次回で詳しく語るけど、この変革や対比を行わせる方法はたくさんある。けれど、今回のところは混成にだけ側面をあて、色をどうやって使ったかを書くことにしよう。
必要なのは以下のことだ。
- 二つの世界は、つながりを持ちつつ、別々に見えなければいけない。
- そこに変化がはっきりと見えていなければいけない。
- 前のブロックのテーマを残しつつ、そのせいでデザイン空間が食いつぶされることがなく、それでいてそれらのデッキを強化すること。
その回答が色だった。最初のブロックで色の関係を持っておくことで、上記のすべてを部族の色を変えることで成し遂げることができるのだ。どの場合においても、一つの色はそのまま重ね合わせておく。これがそれぞれの目的をどう満たしているかを見ていこう。
・二つの世界は、つながりを持ちつつ、別々に見えなければいけない ― 同じ種族による連続性(言っておくけど、これは部族セットじゃないから、あらゆるクリーチャー・タイプまで重ね合わせる必要はない)をもたせてブロックのつながりを維持しつつ、色を変化させて、メカニズム上もイメージ上も異なるものにした。
・そこに変化がはっきりと見えていなければいけない ― 実際に変化を行う以上に変化をはっきりさせるものがあるだろうか? どうすればプレイヤーに世界が変わったと感じさせることができるだろうか? ローウィンの基本部分を流用しつつ、それを変化させることさ。
・前のブロックのテーマを残しつつ、そのせいでデザイン空間が食いつぶされることがなく、それでいてそれらのデッキを強化すること ― 余計なテキスト表記をすることなく部族テーマをサポートできる点が喜ばしいことについてはすでに書いた。さらに付け加えるなら、私が重要だと思っているのは、前のブロックの続きとして新しいブロックを作るだけでなく、あくまで前のブロックを土台としてその上にブロックを積み重ねることにある。色を変更することで、それぞれの部族がどうなったのかをはっきりさせることができる。エルフを例に取ろう。ローウィンの前では、エルフは緑の種族であり、緑単デッキに登場するのがメインだった。その後にローウィンが出ることで、黒いエルフが登場した。この段階で、エルフデッキを作ろうとしているプレイヤーには新たな選択肢ができたわけだ。緑単エルフデッキだけでなく、黒単や緑黒のエルフデッキが作れるようになったんだからね。シャドウムーアではこれを一歩先に進める。エルフは白にも存在することになった。これは組むことのできるエルフデッキに、新たな地層を重ねることとなるだろう。
上でも語ってきたが、これは賛否両論だろう。その理由をここに示す。開発部を代表する何人かは、我々はできるだけ色というものを安定させるべきであり、そうすることでシャドウムーアのカードが可能なかぎり多くローウィンのデッキに入るだろうと主張していた。白緑エルフを作ることで、水をかき混ぜるように視界は濁り、現在黒緑エルフデッキを持っているプレイヤーはをしたらいいかわからなくなってしまう。それに対する私の回答は、我々はローウィンのエルフデッキにさらに多くのエルフを与えてやっているということだ。緑のエルフはそのまま入るだろうし、緑を含む混成エルフもそうなるだろう。状況を引っ掻き回し、ローウィンのデッキに変化をもたらすことを強制するのは、マジックの進化の精神そのものだ。最終的には、部族のカードにローウィンの色の組み合わせのままの混成カードを若干入れることで、ローウィンのデッキもおこぼれをあずかれるようにすることで妥協することにした。イメージ的には、彼らはローウィンの最後の残存者で、何とかして変化から生き延びた生き物たちということになる。
さらに、これはエルフにとっては(少なくともシャドウムーアでは)正しくないが、多くの他の種族は、クリーチャーの色の組み合わせは変わってしまったけど、それでも元の色の組み合わせのカードから何がしかの利益を受けることができるようになっている。例えば、黒と赤に恩恵を与えるカードの多くは、ローウィンのゴブリンデッキにそのまま収まるだろう。
この項におけるポイントは、ローウィンのデザインの中に、シャドウムーアに向けて準備されていたものがあるということだ。私が初めて2つのミニブロックの話を発表したとき、それぞれのブロックが独自の立場を持ちつつ、その上で自然に二つが合わさることをどう表現していくか、色々と考えをめぐらせていたものだ。このテーマに関しては、第3部でさらに詳しく語っていこう。
半分半分
最後に、混成カードをデザインするときの基本理念に触れておこう。混成カードは、その定義から言って、2つの色の重複する内容だ。混載カードをデザインする場合、この線をどこに引くかをはっきりさせないといけない。一面では、きっちり正確でなければいけない。こちらの面から見ればカードは純粋な重複部分で、両方の色が間違いなく利用できる能力でなければいけない。黒と赤はどちらも速攻を持つ。赤と緑はどちらもトランプルを持つ。緑と白はどちらも警戒を持つ(私が未来予知のデザインでクリーチャーのキーワードの拡張を積極的に推し進めたことの理由がわかってもらえただろう)。もう一面から見れば、それはゆるく、汎用的でなければいけない。これにより、どちらかの色で認められることを大幅に混成カードに乗せることができるようになる。
問題は、どちらに行き過ぎても悪い事態になるということだ。前者に偏りすぎることは、デザイン空間を大幅に制限し、派手なことや面白いことができなくなる。一方で後者に偏りすぎると、これは色の割り振りに対して重大な傷となる。私が見つけたキーとなる事項は、この中間のちょうどいいポイントを見つけることだ。これはつまり、それぞれの色が持つ事ができ、なおかつ色の哲学的にあまり使われていない領域を探索することになる。例えば、前回の私のプレビューカードを見てみよう。

掲示板上でも何人かが書いていたし、メールも来たんだけど、何人かは白や青はこのカードにおいてどの役割を担っているのかを尋ねてきた。私の答えはこうだ。白はクリーチャーを0/1や1/1に小さくする能力を持っている。これは、《死後の生命》や《外身の交換》や《お粗末》などに見ることができる。また、《謙虚》や《魂の行進》では、白は自身の謙虚さの力を使って弱々しさをもたらすことができるというイメージを持っている。一方で青は、他のクリーチャーを変身させる能力を持っている。《羊術師》、《変身》、《猿術》、《姿分け》なんかが例だ。《畏敬の神格》は両方の領域に少しずつはみ出している。白は多くのクリーチャーを小さくして無力化させる能力が基本で、青は1体のクリーチャーを“変身”させてしまうのが基本だ。しかし、それぞれの色の考え方は十分近いし、理解しえる。そして混成のデザインにおいては、色の考え方が保てるかぎりは、できるだけ制限を緩めようと意図しているんだ。
この混成カードのデザインの考え方は新たな議論を巻き起こすだろうけど、みんなが混成カードの選択に関して異論を唱えたり擁護したりするのを、私は興味深く見させてもらうことにする。このブロックで色の割り振りを少し拡張したことは認めるけど、あくまで色の基準を犯さないことを確認しながらやってるのは理解して欲しいね。
結び
ふぅ! 今回書きたかった内容は以上だ。いつも通り、掲示板での書き込みやメールは大歓迎だ。プレビューも半ばまで来たけど、シャドウムーアはどうだろうか?
それでは次回、このブロックの混成でないカードのいくつかの側面を語ろう。
それまでの間、君がそこにあることに気づかなかった色を掘り進めることを祈念しつつ。
マーク・ローズウォーター
シャドウムーアの発売日は5月2日。それが待ちきれない皆のために、シャドウムーアのプレリリース・トーナメントが4月19日と20日に全国各地で開催されます!
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